2010年9月5日日曜日

トゥシューズのソレア


“SOLEÁ PAS DE DEUX”
Corella Ballet Castilla y León
22. 8. 2010 Teatro Lope de Vega, Madrid, España
Carmen Corella & Ángel Corella, baile ● María Pagés, coreografía ● Rubén Lebaniegos, música. Duración 7’40”.
foto por Rosalie O’Connor – promoción.

マリア・パヘスのソレアを、クラシック・バレエ界のスター、アンヘル・コレージャ(コレーラ)が踊る。期待しない方がおかしい。

まだまだ残暑が厳しい8月22日。その昔“夢見るバレリーナ”だった私はすっかり童心に戻り、つつつ…とつま先立って、踊るように満員の舞踊ファンを掻き分けながら、ほころんだ顔で劇場の波に飲まれていった。

アメリカン・バレエ・シアターの現役プリンシパル・ダンサーとして活躍するアンヘルは、2008年より、現在スペインで唯一のクラシック・バレエ団「カスティージャ・レオン州立コレージャ・バレエ」を主宰する。今回の公演では、8月3日から22日の3週間に渡り3プログラムが上演され、この日の『プログラムIII』では、彩りのまったく違う4作品で観客を楽しませた。

19世紀末に初演された『スィート・デ・ライモンダ』におけるロシア・バレエの正統美。そこに、フランス新幹線TGVにインスパイアーされた『DGV(高速のダンス)』の、若々しい健康的な美が加わり、好対照を見せる。男性4人で踊られた『フォー・4』では、それぞれの踊り手の個性と実力が、舞踊団の華々しい未来を予感させた。

しかし一番会場を沸かせたのは、何を隠そう、マリア・パヘス振付の『ソレア(パ・ド・ドゥ)』であった。

舞踊団の主役アンヘル・コレージャが踊る、しかも姉カルメンと一緒にパ・ド・ドゥを踊るのはこの作品が初めて、そしてここは何と言ってもフラメンコの故郷スペイン…。けれどこの8分弱の短い作品には、これらの“受けて当たり前”のもろもろの要素を越えた、特別な、新しい何かがあった。そしてびっくりするぐらい爆発的な「ブラボー」とともに、観客は総立ちになったのである。

髪をぴったり撫で付け、黒シャツ・ズボンのタブラオ風いでだちのアンヘルに、トゥシューズのカルメンが寄り添う。こげ茶色の照明の中にルベン・レバニエゴスのギターが鳴り響くと、舞台は一気にフラメンコの深遠へと入っていった。

独特の腕と身体の動きに、マリア・パヘスが鮮明に浮かび上がる。フラメンコのコンパスが身体に染み込んだわけではないだろう。だが、アンヘルは踊り手の“勘”で――しかも天才的な踊り手としての――、それを掴んでいく。そしてやっぱりスペイン人、その血の中にある何かが、本能的にフラメンコの臭いを嗅ぎ付ける。陳腐な決まり文句に聞こえるかも知れないが、それは誰にも否定できない真実だった。

カンテに導かれながら、2つの完璧な身体が作り出す線は、自然の営みのように、無駄の無いラインを作る。彼は、まるで清らかな魂を神に捧げるように、彼女を高々と抱え挙げる。そして自由を求め、目にも止まらぬスピードで回り、爆発的なエネルギーで宙を舞う。それらの全てが、フラメンコという一つの特別な世界に、何の違和感も無く馴染んでいるばかりか、さらに新しいアルテの広がりを示した。彼らは力強く訴え、観客はそれに敏感に反応した。

あらゆるジャンルの音楽で、フラメンコ舞踊を踊るマリア・パヘスだが、今回はその逆で、フラメンコの音楽で他ジャンルであるバレエを踊った(彼女自身は踊らないが)。

しかし、それだけなら、他にも例は沢山ある。例えばアンヘルの師匠でありスペイン・バレエ界の大御所ビクトール・ウジャテは、「子供の頃、本当はバレエじゃなくてフラメンコが踊りたかった」というだけあって、『セギリージャ』、『エル・スール』など、フラメンコの音楽を使った作品を数多く提唱している。

だがマリアの焦点は、バレエを踊るのではなく、バレエの動きで“フラメンコを表現する”というところにあった。そこが、他と一線を規すところであり、それ故に、フラメンコにとって大きな意義のある試みとなったと思う。

『ソレア』は、マリア・パヘスの自由な創造が、アンヘル・コレージャという偉大な舞踊性をもつ身体を得て作り出した、フラメンコの新しい可能性。誰も見たことの無い“想像を絶する夢”であった。

(追記)
キューバ出身のダイロン・ベラは、男の色気と気品が混じり合う、パーフェクトな王子様タイプ。日本人バレリーナのオオモリ・カズコも、群を抜く確かな技術で魅せてくれました。コレージャ・バレエを観る機会があったら、彼らにぜひ注目してみてくださいね!

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